「BBQの材料買いにいくから車出して」

昨晩、家に帰ってから何をしたかはあまりおぼえていない。
すこし胃がむかむかしていた。真弓の声に起こされて、出かける支度を始めた。

あ・・・今日はカルビの気分だなぁ
胃もたれとは裏腹にすっかり食べるモードになっていた。

支度をして車に乗り込む。車の中は僕にとっては1つの癒し空間だった。

丁度これから桜の季節になろうとしていた。年に1回のめぐってくる桜の季節は僕の楽しみである。
スーパーまでの街路樹の桜の木には、これから咲こうとするつぼみがはちきれんばかりに
うっすらとピンクに色づいていた。楽しみな季節になってきた。

車内でミスチルとブルーハーツがシャッフル再生される時1番初めの音楽が
おみくじのように今日どんな気持ちで過ごすかの僕の行動のコンパスになっている。

今日はミスチルの「終わりなき旅」だった。

真弓は今日買うものを隣で呪文のように復唱しながら
「あーミスチルだ、いいよね~。」と鼻歌を歌い始めた

僕も軽くうなずいた。

閉ざされたドアの向こうに新しい何かが待っていて~♬
きっと~きっと~って僕を動かしてる
いいことばかりではないさ、でも次の扉をノックしたい
もっと~♬大きなはずの自分を探す 終わりなき旅♬
※Mr.Children 終わりなき旅より

「閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて・・」

閉ざされた扉・・・。ハッとした。昨日の会社での1日の出来事がよみがえってきた。
「俺の強み、弱み、ウリってなんだろう?」
「これから先、僕はどうなるんだろうか?」

自分がもんもんとしていたことが、言葉で示されるようで頭をハンマーで殴れたような衝撃が走った。
これがシンクロニシティーとでもいうのだろうか。

閉ざされた扉の向こう?
新しい何か?
僕を探してる?

ずっと何かわからないモヤモヤのヒントなのか?

「私お肉とお野菜見てくれから、Makoは飲み物まわりお願い。」
「あ、OK、わかった」

僕の思考はいったん止まった。とりあえず今はBBQだ。しかし何かが頭の片隅にひっかかっていた。

**

「こんにちは!やっと週末になりましたね~。いやーこれが楽しみで今週は頑張りましたよ、来週末辺りは花見ができそうですね。」

お隣の佐藤さんは、天真爛漫でにぎやかだ。来ると場がぱっと明るくなる。僕はその明るさに触れてホッとする。
おとなりの佐藤さんにも、うちの子と同世代の子供がいる。同じタイミングで引っ越してきたから月1回くらいお互い行き来して、BBQや食事会をしている。もうかれこれ10年来の長い付き合いだ。

一気ににぎやかになった我が家の庭では、みんなが思い思いに肉や野菜を食べはじめた。
娘たちも、妻も楽しそうにしている。こういう瞬間を見てると、大変だったけどうちを買ってよかったと思う。

「いや~。今週は長かったですよね。僕も昨日はトラブルもあったから、この時間が本当に待ち遠しかったですよ」
「なんでしょうね。僕も今週はなんか大変だったんですよ。研修受けたり、報告書書いたり。そんな時期なんですねぇ」
と佐藤さんは高笑いをした。

同じような年齢でなんとなく抱えているものは同じ。僕は昨日のことを佐藤さんに話をしてみようと思った。あまり仕事の話はしないのだが、今日は自然の流れで話したくなった。

「なるほど、確かに、これからの自分の人生を考えるとこのままこれでいいのかって思うことありますよね。僕もそんなことを考えることが多くなったんですよ」

佐藤さんはもともと本社営業勤務のマネージャーだったが、横浜に子会社が立ち上たった時に、部長職で出向になったそうだ。
部長職とは言え、給与は少し下がって、本社の業績の見栄えをよくするために、費用を減らす施策だったのだろうという。若手がどんどん成長してきている故、年齢的に実績があったとしても、若手の成長を促進させるために、年次が高い社員は同じように出向させられるというのはこの時代の流れなのだろうか。

「本社勤務をして、そのまま昇進ってことを考えていた時に、子会社に出向ってなり、ポジションは上がってもなんか割り切れなくてね。あぁ・・・定年までここで自分がやっていくかと思うと、なんとなく今までもっていたような本気度が変わってきたというかね。年齢的にポストオフされていくって、こういうことかなぁと考えるようになって。もっと自分の人生を会社頼りにしちゃダメなんだなって考えるようになったんだよね。まぁ、逆にそう考えたらどう生きるか自分で考えよう、なんて気持ちになってきたからよかったのかもしれないけどね、最近はセミナーに出てみたり、本を読んだりいろいろしているよ。ハハハハハ。」

佐藤さんの笑い声は遠くで聞こえるようだった。いつも明るい佐藤さんがまさかそんな出来事があったなんて思ってもみなかったから驚いた。何もかも順調だと思っていた。

そして今朝聞いたミスチルの歌がよみがえってきた。

閉ざされたドアを開けようとしないのは自分自身なのかもしれない。
僕も自分というものがよくわかっていないのかもしれない。これから先のことを考えないといけないって思っているんだ。
でもどうやって?

「なんか、楽しいこと。やりたいね。毎日わーっとなるようなさ。会社の仕事以外で」
「そうですよね。本当に毎日通勤ラッシュで揺られる毎日が当たり前って思ってちゃダメですね!」
「そうそう!さ、飲みましょ!食べましょ!」

それから僕と佐藤さんはカルビをつまみに、実家から送ってきた赤ワインを何本も開けてすっかり気持ちよく酔っぱらってしまった。

「もう、いい加減にしてよ。すっかり大騒ぎしちゃって」
「いいんだって、週末だぞ~。楽しく過ごして何が悪い、ねぇ佐藤さん!」
「そうだ、そうだ」

妻も子供たちも苦笑いしているが、陽気に楽しんでいる僕たちに子供を見るような顔で面白可笑しく見ているようだった。

佐藤さんと話をしていて、同じような不安を感じていてそれを共有できたことは、自分にとってホッとする瞬間であり、まだ見ぬ未来に対してワクワクする瞬間を味わうことができた。
安定
現状維持
定年まで働く
もんもんとした気持ちを抱えて仕事をする

それが当たり前だと思っていたけど、もしかするとそれ以外の道もあるのかもしれない。
転職をするのもいいだろう。
しかし今まで築いてきた実績を捨てて飛び込むことはワクワクすることだろうか?
それは現実逃避のような気がしてならない。

じゃぁどうやって?

今までだったら、そんな馬鹿なこと考える暇があったら仕事に集中しろって思っていたが、今回はそうではなかった。
まだよくわからないけど、何かを手探りながらも見つけていきたいと思った。

「いやぁ、すっかりいい気持になっちゃいました。楽しかったですね。なんか面白い話があったら、ご一緒しましょう」
「そうですね!僕もすっかりいい気分転換になりましたよ。次は花見ですかね、ハハハハハ」

**

「Mako、今日はとても楽しそうだったわね」
BBQの後片付けをしながら真弓がほほ笑んだ。

「はは。ここのところ忙しかったからな。なんか今日は佐藤さんと仕事の話になってさ、同じような気持ちで働いてるんだなと思ったら、同士と話している気分になって、つい心強くなっちゃって饒舌になってたかもしれないな」

「たまにはいいんじゃない?私にはよくわからないから。ふふ」

庭でBBQのごみをまとめながら、今日佐藤さんと話したことを思い出していた。

待ち構えた桜の季節がやってくると思うと、浮足立つような感覚もある。
それは同時に自分にも何か新しいことが始まるような気持ちがあった。
今はそれが何かはわからないが、明らかに自分について考える必要があることは明確だった。

この年でなにができるのだろう?
いや、年齢以前にいったい僕に何ができるだろうか?

今まではこのまま定年までこの会社で働くのがあたりまえであり、与えられたミッションを遂行することに全力を注いできた。
もちろん自分の頭で考えてやるべきことはやってきたが、それはミッションという与えられた目的にあってであり、その枠を超えて、自分ができることはなにか?と考えたことはあまりなかった気がする。
もちろん転職をすることも頭になかったが、昇進の期待が薄いことや、ポストオフをされている世の中の状況をみていると、このまま、あと10年以上も変化が期待できない毎日を過ごすことは、吐き気がする気持ちがあった。

なにかの節目に来ているのかもしれない。

焼肉のにおいが移ったフリースの香りをかぎながら、空を見上げた。
今日も、とてもいい1日だった。と同時に何か警笛を鳴らされているような気持にもなった。

まだ肌寒い夜の夕風に背中を押されるように部屋にもどった。

明日は少しいろいろ調べてみようかな。

風呂上がりであったまった体を包むふとんは心地よく、床についたら一気に睡魔が襲ってきた。

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