毎朝日課は変わることがないが、リリーと一緒にいつもの並木道を歩いていた。

あーーいい天気だ。外を歩いているとふといつも営業していたことを思い出す。
昨日のBBQで佐藤さんと話したことを思い出していた。

もとは俺、営業なんだよなぁ・・また外に出たいなぁ。もう営業やることはできないのかなぁ?どう思うリリー?

リリーはいつも俺の話を黙って聞いている

そんなのわかんねぇーよな

人事という間接部門は全社員のことを考える意味では要の部署だと思うが、営業と比べると成果があまり感じられないため、ここ何年も自分のモチベーションの行き場がなかった。

何をすればこの状況から脱却できるのかもわからないが、少なくともここ何年も停滞状態は変わらず。とりあえず、日々のタスクをこなし、定年までとりあえず働く。ただ、最近のポストオフや営業のような明確な目標値があって、結果を出せば評価をされるわけではないため、人事で頭抜きんでるとするとよっぽどのことがない限り期待は持てそうもなかった。
逆に言うと、当たり障りのないことをしていれば当たり障りのない評価だけは保証されて状況に体がなれてしまった気がする。

「大手企業」「マネージャー」という役職、それ自体はマイナスなことは1つもない。

身内や知人にも「あんな大きな会社でマネージャーしてるのだから、立派よね」、「なかなか入れない会社よね」といわれると、なかなかそれを手放すだけの勇気もない。

しかしわけのわからない調整作業に忙殺されるのは、もー飽きてきた・・。

人の注目あびてー!

リリーは心配そうに俺を見ながら歩いているが、この朝の時間の本音トークはリリーのみぞ知るものだった。
家に帰ると真弓が朝ごはんの準備をしていた。

「なんかコロナコロナって大騒ぎね、これから花見のシーズンなのに今年はだめかしらねえ・・・」

世界全体の感染者数と死者数
新型コロナウイルスの全世界の感染者数と死者数は2020年2月1日には感染者が1万人を超え、2月11日には死者が1000人を超えた。3月7日には感染者数が10万人を超え、3月19日には全世界での感染者数が20万人を超えた。そして3月23日には、全世界での感染者数が30万人を突破した。
(へのへの新聞より 実際の数字ですが、抜粋元を記録するのを忘れる)

人ごみに行かないようにという報道もあり、確かにマスクをしている人は多くなってきているし、マスクやなぜかトイレットペーパーまで売り切れ。うっかりマスクを忘れて外に出ると刺さる視線を感じる。
ドラッグストアやスーパーも開店前は長蛇の列。世の中の様子が異常のア方向へ変わってきていると感じた。

ただその割に身近に感染者が出ていないため、そんなに実感がなかった。
しかし人の様子は明らかに変わってきていた。と同時に世の中が変わってきていると感じる。
分かち合うというよりは奪い合いだ。
ちょっと前まで500円くらいで売っていたマスクも5000円とか10000円といかあり得ないと思う。
Facebookでも外出先の写真をアップすると、「このご時世なのに、外に出歩くのは不謹慎だ」という非難のコメントも見かけた。まるで外にいると非国民のように扱われている。
おかげで日頃からFacebookを使っているが、いい景色だなと思って撮った写真も周りの目を気にしてアップすることを躊躇するようになった。

非常に住みづらい・・。

緊急事態宣言はでていないが、海外では完全にロックダウンをしている国もでてきている。アメリカでは失業している人が増えている。

完全に全てがストップしたら経済は回らなくなるし、出社できなければ、自宅で仕事をする方法も考えなければならない。
自宅で仕事ができない職種だったらどうなるんだろうか?衝撃的なパンチを食らうのだろうか?
全く経験のない出来事だからこの先どうなるかの見当もつかないが、日本がそんな風になるような気はしなかった。

自分が感染しないことや、感染しないように行動をすること。すべてに人がそう思って行動しているわけではないと思うが故、
自社の社員に感染者がでたらどうするべきかを考えなければならない。

なんとなく重だるい週末だった。

***
ついに東京に緊急事態宣言がでた。

できるだけ外出を自粛
接触機会を最低7割、極力8割削減

社内でも緊急の取締役会が行われ、以下のことが決定された
・全社的にテレワークを促進
・生産ラインの停止。関連部署の従業員のシフトカット
・早期・希望退職の募集

ただテレワークができない生産部門は、緊急事態宣言中は業務を停止させることになり、ここで働く従業員に対してはシフトカットが余儀なくされる。

人事としての対応は正念場を迎えることとなったと同時に、収入を失う人達のことを考えた。
生産ラインを停止させるということで売り上げは当然下がるため、やむを得ないことではあるが、我が事のように心が痛む。
半面、自分の部門は対象ではないことに安堵している自分がいた。

「鈴木さん、なんか大ごとになってきましたね。これは確実のハレーションが起こりますよね。覚悟しないとですね。はい、缶コーヒー」
「お、ありがとう。ホントだなぁ。まぁ大変だけどなんとかなるっしょ」
「いつも、鈴木さん、大変な時も『なんとかなるっしょ』っていいますよね。まぁ僕はそれを聞いて育ったからいつもなんとかなるって安心してますけどね」

部下の山本和幸はまもなく40になる。戦うより人の輪や絆を大切にするやつだった。ずっと人事畑にいたが、おれが異動した時に真っ先に声をかけてきたメンバーだった。
営業から異動してきたことに対して、「違う価値観の人が入ってきてうれしい」っていって自己紹介をしてくれたことを今も思い出す。俺はその一言が初めは嫌味に聞こえたが、山本は本当に違う視点の人間を待っていたようだった。
俺は山本のおかげで救われたこともあるし、何かある時には山本に意見を聞くようにしていた

「なんか、あれだよな、コロナは俺たちのせいじゃないけど、複雑だよな。急激な変化と対策に対して全社的責任を背負った気持ちになるよ」

「そうですよね。でも責任があるって思うとやりがい感じるじゃないですか。不謹慎ですけどね。僕はいろいろな価値観が変わったのか、プラスにとらえるようになってきた気がしますよ。だって『なんとかなる』っしょ?」

山本の笑顔は少し弱気になっていた自分にカウンターパンチをくらわす。

「だよな。なっちまったもの仕方がない。ガイドラインが承認されたら大騒ぎになるがとりあえずやるべ!」

緊急で今回の対応ガイドラインを作り、社内の取締役会で承認をされた。
あとはこれを広報し、その後の対応をするという正念場に足を踏み入れることになる。
長い1日が終わった。

 

明日からのことを考えると憂鬱だった、しばらくは心が休まる日は来ないだろう。だがここを乗り切ろうと同じ志を持つ仲間がいる。俺も気持ちを引きしめないとならない。いつもより駅に着くまでの時間が長く感じた
一気に様変わりした世の中の状況と自分を取り巻く環境。

昨日までなんとなく感じていたことが現実のものとして突きつけられた今、最近まで仕事に不安や、不満を感じていたが、転職をするなんて言っている場合ではなくなる気がする。

ただ、もし自分がシフトカットされる立場になり、収入を得られなくなると突然告げられたら、どのような気持で自分と向き合うのか?どんな行動をするのか?まもなくすべての人にこのような事態が問われていく気がした。

まぁ、なるようにしかならない。なんとかなるっしょ!いつもの帰り道をある気ならがつぶやいた。

 

***
「ただいま。」
「マコ、おかえり!お疲れ様。今日はこの前の残りのお肉で簡単に牛丼にしちゃった」
「ああ、ありがとう。あー疲れたー。よし!とりあえず、腹ごしらえだな!あ。そう。。しばらく明日から遅くなるかもしれない。」
「え?そうなの?なんか思っているよりもコロナ大変みたいね。マコの会社は大丈夫なの?」
テレビを見さしながらいった。

“東京都が「外出自粛」を要請、WHOは「都市封鎖」を全ての国に呼びかけ”

「あ・・それそれ。マジ大変。いろいろ取り決めされたから、明日から対応をすることになるから、ちょっと大変になると思う。落ち着いたらテレワークになるけど、それを動かすまでがどうなるか全く見当がつかない」
「そうようねえ。うちも仕事がなくなったら、どうしようって思っちゃう。まあ大丈夫だって思うけど不安よね~」

―まぁ大丈夫だ―

何をもって大丈夫というのだろうか?仕事があること?収入が得られること?
今回のことで会社が従業員を守るということに限界があると感じている。今まで以上に企業に働いていることが安泰だとは思えなかった。たまたま俺は運がよかったのかもしれない。助成金や手当など対策はあるにせよ、一過性ものだった。
でももし今放り投げられたら、おれは一体何がでできるだろうか?

明日から見える景色がどういうものになるかはわからない。
ただ容易に想像ができるのは、今回の対応によって収入に影響がでる従業員からの対応は避けて通れないものになることだった。

いったいどんな時代なんだろうか?

+++
社内通達をした後は、社内の様子は様変わりした。と同時に緊急事態宣言を受けて、社会の様子も変わってきた。

あたりどころのない不満と怒り
会社への不信感

世界的に起こっている出来事ゆえ、どうにもならないことであり、会社存続のためにやらないとならないことは理解できる。
それにより被害を受けてしまう人たちのこの先の不安も痛いほどわかる。

全ての矛先が自分に向いている。そんな気がするほど辺りが強かった。
こういう事態になると不安や苛立ちの矛先を人はどうしても外に向けるものである。
それを痛いほど実感している。

それらすべてを一手に引き受ける状況になり、精神的にもしんどかった。

その最中、社内の問い合わせに追われながらも、必死で対応をしている部下たちを見ていると、ふと社内でも分離されたところに自分たちがいるような気がした。

逃げることはできない。俺が今できることは、自分ができることをやる。できないものはできない。対応がわからないものは先回しにせずすぐ確認

1つ1つの問題をつぶしていくことだった。

部下たちもこの対応に追われていた。山本も落ち込んでるメンバーに声をかけながら必死に対応をしている。

同じ仲間なのに・・。つらいのはみんな同じなのに、追い詰められてしまうと人間は仲間にも刃を向く。
ともかく逃げずに立ち向かうことをメッセージし続けた。
みんなで乗り切ろうという気概を持っているメンバーを見ていると、これ以上の負担があると耐えられないだろうと思った。

もし社内で1人でも感染者がでたら・・・・・

その部署ごと休ませなければならなくなる。

それは絶対に避けたい。
そうだ、今できることはこれ以上の被害をださないようにすることだ。今踏ん張っているメンバーと共にできることがある。

「山本、ちょっと、みんなを集めてくれ、急ぎでミーティングをしたい」
山本にざっくりとアイディアを話すと、彼は同意をしてくれた。

会議室に集まったメンバーは、社内対応で疲れは見えるものの、表現し難い集中力があった。

「みんなお疲れ様。大変な事態になっている中、対応ありがとう。忙しい手を止めて集まってもらったのは、この事態をさらに悪化しないために、先手打って対応をしないといいけないと思っていることがあるので、その件で集まってもらった」

1つのモチベーションのきっかけになるかはわからなかったが、出口が見えない対応をするメンバーに対して、「1つの目標を作って、全員でそのゴールに向かって頑張れるものはないか?」を考えていた。
コロナ感染者を絶対に出さない。そのためにあらゆる手を尽くして社内啓蒙をして、全社一丸となってこの事態を乗り切る。また人事としてこれ以上の悪化する事態を防ぐという本気の対策を立てたかった。
そのことをみんなが理解した上で意見を出しあって1つの対策を打ち出したい。
今自分たちに向かっている負の矢印を跳ね返して、みんなの意識も変えたいそういうことを伝えた。

意見は様々出たが、この事態に対して何らかの手を打って、負の矢印をみんなで跳ね返したいという気持ちはみんな同じだった。負のエネルギーに満ちた社内を、明るい方向へ向けたかった。

まだ従業員が誰も感染していないということに対して、人事として、

「打倒コロナ!0感染プロジェクト いただきません。勝つまでは!」
という施策を打ち出した。

毎日に感染0ありがとう速報
感染しないためのガイドライン
従業員に向けての行動指針
テレワーク中の生活アイディアの募集
ランチタイム時間帯のZOOMによる公開ランチルーム
持ち回りで懇親会企画、突撃UberEats
各グループの今週の行動などをシェア

全社員がつながっている「絆」を意識して、絶対にコロナを社内に入れない施策案がでてきた。

皆のアイディアを結集し、自分たちができることはやる。
そして他者の責任にしない。
テレワークになったことで不安を感じる従業員にそれぞれがつながっていることを浸透させる。

そして個の意識が集まって全員で対峙するという目標が設定できた時、疲弊していたメンバーの眼に少しの光がともった。

これを絶対に遂行をして社内にコロナをいれない。そんな強いエネルギーが流れていた。

あとは俺が熱意をもってプレゼンをして承認を通すだけだった。営業だった時の自分のスキルがここで一気に発揮された。
絶対に獲得してやる。皆で考えた施策を絶対に遂行したい。
眠っていた熱い想いが目覚めた瞬間だった。
***
過去前例がないため、0感染プロジェクトはやることになった。
俺はみんなの想いを伝えてこの結果を受けた時に久しぶりの高揚感を味わった。

会社施策として決定していた、早期退職や、生産ライン停止というものはあるとしても、残る従業員のフォローをすることがアフターコロナの対策になるということ点が刺さって取締役会でも全員一致で承認された。

メンバーはとても喜んだ。そしてこれから進む道に対して、前を向く、後ろは振り向かないという姿勢が見えた。

その先の未来に向けて、1つのゴールとしてコロナ感染者の絶対に出さないという目標設定のもと、人事メンバーの士気が一気に高まった。

特に山本の眼はやる気にみなぎっていた。

1つの目標に向かって進む感覚は、遠い昔、営業の時代のチームの雰囲気に似ていた。でもその時俺は、自分の成績のことばかりを考えていた。でも今回は違っていた。

誰を責めることができない。全ての問題はコロナ。
今回人事として対応をすべきことには真摯に向き合う。
その姿勢が部下たちにも浸透していた。つらい時間を過ごすことがあっても、それを乗り切ろうというエネルギーは伝わってきた。

俺も一緒にここは頑張らなければ。絶対にのりきってやる。
精神がマヒしているのかもしれないが、疲弊とやる気が入り交ざった今までに体験したことがない感情を感じていた。

難しく考え出すと 結局すべてが嫌になって
そっとそっと 逃げ出したくなるけど
高ければ高い壁の方が 上った気持ちいいもんな
まだ限界だなんて認めちゃいないさ
・・・・・・・
閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っている
By Mr.Children 終わりなき旅

通勤の時リピートで聴き続けチエルミスチルの曲は今の誠の支えになっていた。

そうだ、俺は新しい何かに向かって扉を開けるのだ

1 2

3

4 5