緊急事態宣言が発令され、基本的にはテレワークになっているものの、人事は施策のこともあり、安定するまでは出社をしていた。皆ことを考えれば早いところテレワークに移行をしたいが、それぞれが気を付けて日々を暮らし、今はみんなで決めたゴールを達成するために、全員が出社を希望していた。

コロナ騒ぎで大変なことになっているが、唯一楽になったのは通勤だった。いつもは立って通っていたが、座れるようになったのは疲れているまことにとっては神様のギフトのようだった。
窓から一瞬みえる富士山を探しながら流れゆく景色を見つめて、変わりゆく日々のことを考えていた。

世の中は行動の自粛、外に出られない、物が足りなくなるという不安感があるものの、感染するリスクはお構いなしにスーパーの開店前に行列を作る。そしてモノがなくなるほどの買占め。その状況がどんどん激しくなってきた。

人の行動を見ていると学ぶことは多い。
コロナをきっかけに、日常見ない人の行動を垣間見ることが多くなった。
以前だったら俺も一緒になってスーパーの列に並んだかもしれない。
でも目の前の問題を直視して向き合っていると、大量の情報の中で今必要とするものと、そうではないものが自然に聞き分けるようになっていた。

パンデミックを起こさないために人が殺到しているときにはいかない。
今買わなくてもいいものは買わない。
誰かを責めても何も解決しない。
正確に情報を捉える
自分ができることはする。感染させない。感染しない。

昨日、今に向き合ってる姿勢をもって話し合いをしていたメンバーを見ていた時に、昔の栄光をずっと引きずっていた自分はすごい遠回りをした気持ちになった。
おれは今を生きずに昔を生きていたのかもしれない。
でもそれ以上の自分を承認できるものがないと思い込んでいたが、目の前のことに向き合っていなかったから、この負のループから抜け出せなかったのではないか。

あいつがあれこれこうだったから
このタイミングが悪いからこうなった

と自分軸よりは、人や周りせいにしていた。
今は目の前のことをそのまま受け取って自分がどうしたいかを考えるようになっていた。

なんか昔にこだわっていたんだなぁ、俺って。部下に学ぶことも多いし、この環境下で学ぶことも多いな。

昨日の久々の完璧なプレゼンは、以前の営業だった時の自分よりも視野が明らかに広くなっていたと思った。
そんな変化には自分のことなのにまったく気づいていかった。

今は目標に向かってそれを達成させることが励みになっていた。
とりあえず、今日は施策の具体的な進め方と担当割り振りをして具体的に動き出すぞ。

そう思いながら駅を出た。

**
「おーい、鈴木~」
振り返ると佐々木が走って向かってきた
「おう、おはよう。お前今日出勤か?」
「まぁ営業だから、外に出ないというのが現実的じゃないから難しいって感じだよ。テレワーク導入ってなるからこっちは大変なんだぞ。まったくなにもできやしないよ。」

と笑っていった。内心お前はそれを推進している人間じゃないだろうと思った。
そして、「まったくなにもできない」という言葉に違和感を感じた。

「お前も、大変だよな。恨み役みたいになってるだろ?人事も大変だよな。こういうときって。営業の中でもすっごいもめてるからまとまりがつかなくなってるよ。出社したいだの、テレワーク反対だのって。面倒なことになってるよ。俺もそんなごたごたもあるから、早期退職でもしちゃおうかなって思うけど、まぁ部長にもなってるし、わざわざ手放す理由もないから、とりあえずこのままいればいいかって思ってるけど。早期退職といっても俺らみたいな年齢だと厳しいよな。あはははは」

佐々木の言葉が遠くに聞こえた。

こいつ・・・今の現実を直視していない。今の状況をどう変えていくかを考える頭になってないんだ。
物事の上澄みだけを見てやりすごそうとしていることに気づいた。それが違和感だった。
その時、俺はハッとした。佐々木の立ち位置を羨ましがっていた俺はもはやいなかった。俺は今を生きている。そう思ったら、自分でもびっくりするほど強い口調でこう答えた

「おまえ、今の営業部のためになにやってるんだ?お前のためだけか?おれは人事、されど人事。大きな責任を持たされたからこそ、俺は今を生きれるんだよ。この会社にいるみんなのためにな、そして俺のためにな」

佐々木は狼狽した様子だった。いつもだったら人事になったことをぼやいたりするのに、力強い俺の様子に驚いていた。

「そ・・・。そうか。まぁ頑張れよ。」

なんかスカッとした気分だった。会社につくと、すでに全員出社していた。
山本がみんなに声掛けをしていてミーティングをすぐに始められるようになっていた。

「鈴木さん、おはようございます。早速役割分担を決めて進めたいと思ってるので、ある程度めどがついたら声けるのでMTGに参加して下さい」

俺はしばらくみんなの様子を伺っていた。山本を中心にみんなが1つの目標に向かってが積極的に何かをしようとしている。今できることを知恵をしぼりながら進めてる様子を頼もしく思った。

俺は、すでに動いている早期退職やシフトカットについて問い合わせが来ているものを対処することにした。

ずーっと続くことではない、「今」やることをすればいいのだ。

早期退職は見込んでいた人数より少なかった。今職を失うということにリスクを感じる人と、こういう世の中だからこそ、改めて自分のやりたいことにチャレンジしようと、ネットを使ったビジネスに精通している者たちは、この世の中の流れに乗るべく退職を希望した。

もちろん俺は今はやめる気持ちはないが、今までくすぶっていた状況は一変していた。

この最悪の状況下でも動いてくれる部下たちがいる。
今までなんとなくしていたことでも、今回の部下の様子を見て、マネジメントの資質は俺にはあると感じていた。何かを進めようとしたときに、集まってくれる部下たちを見ていてそれを確信した。

営業だけではなかったんだ、俺ができることは!

部下たちが進めた公開ランチルームは、テレワークでコミュニケーションができない中で好評だった。
身近な人としかコミュニケーションをとれなかったのが、今は全国で距離を超えてランチタイムを楽しんでいる。
そして、毎朝送る「打倒コロナ!0感染プロジェクト いただきません。勝つまでは!通信」は浸透させるために、必ず行動指針、ガイドラインを記載したうえで、グループの行動シェアなどをしていった。
それによって部署や距離を超えた交流も増え、「打倒コロナ!0感染プロジェクト いただきません。勝つまでは!」が合言葉のように浸透をしていった。毎日繰り返しやることによって、確かにきつい状況に直面している人たちもいるが、多くの残っている人たちに対してのこうした取り組みは全社員がつながっているという「絆」を意識することにつながっていった。

絶対にコロナを社内に入れない。これ以上従業員にもクライアントにも被害を広げない。そういう意識が波紋のように広がっていった。

窮屈な世の中でも1つの目標に向かって進めていることは今までにない高揚感を感じていた。
コロナが終わったあと、きっと見える景色は変わっている。その景色がどういうものかを想像している自分がいた。

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