うぅぅぅんん。まぶしい・・

時計を見ると6時だった。
最近日の出が早くなったから、朝陽で目覚めるようになった。

「あっという間に朝だなぁ・・・はぁ・さて、今日も頑張るか・・」
誠はベッドで伸びをしながらつぶやいた。

誠が住んでいるところは都内郊外で、駅から歩いて20分。雨の日はバスを使っている。
会社は九段下で、そこそこ大手企業の人事の仕事をしている。
もとは営業だったが、社内のごちゃごちゃもあって今に至る。

毎朝通勤ラッシュをさけるために、早めに家をでているが、部屋から見えるのどかな景色をみていると、思い切ってマイホームを購入してよかったと思う。
定年までローンは払うことになるが、家族と仲良く暮らしている日々を考えると、まだまだ頑張らないといけないと思う。

結婚して17年。
妻の真弓は子育てで頑張ってくれてることもあり頭があがらないが、
そのおかげで元気に育ってくれた青春真っ盛りの2人の娘と愛犬リリーとの暮らしにそこそこ満足している。

家族がまだ起きていないリビングで日課のテレビを見ながら歯磨きをしていたら、今日の山羊座は12位だった。
思わず吹きそうになった。

「思うように事が進まないかも。念入りの準備が必要。ラッキーアイテムはやきそば」

「なんだよ・・今日に限って12位って。今日の月例会議・・いまさら念入りな準備って・・あまりいいことを報告できないから、そんな資料作ってないし・・。まぁなんとかなるか。昼は焼きそばパンでも食べるか・・」

愛犬リリーに見送られて家をでると、まぶしい太陽が誠を包む。手ですかしながら空を見上げてると憂鬱な気持ちが少し和らいだ気がした。

「20分歩いて駅に向かう→微妙に混雑している電車に1時間時間乗る→会社について缶コーヒーを買う」

このルーティンはかれこれ何年続いているのだろう?
つり革につかまりながら見慣れた景色を見ている時にふとそう思った。もうちょっと自分の好きなことをやって稼げれば楽しいだろうなぁ・・。ふと周りを見渡すとだいたい同じ人が乗っている。しかし代わり映えがないメンツを見ていると、なぜかホッとする。

まぁ、みんな同じなのかなぁ・・。
最近会社でもマネージャーとして仕事をしているものの、この先昇進できる様子もなく、果たしてこのままでいいのだろうか・・と思うことも多くなってきた。とはいえ、この代わり映えのない毎日を変えるために、具体的に何ができるかと考えても、今更転職も現実的ではないような気がして、やっぱりこのままか・・と思いとどまっている。
やっぱり手に職をつけておいた方がよかったのかなぁ。実家の酒屋を今更継げないしなぁ。

そんなことを考えているうちに、九段下に着いた。

会社について自販機で缶コーヒーを買いながら、今日の月例の報告内容を考えた。
今月は退職希望者がいつもより多く出てしまった。理由は社内の人間関係が起因しているが、その対策に対して打ち手が甘かったことは明らかだった。言い訳しか浮かばないが、事実だから仕方がない。とりあえず、今回は詰められる気持ちでいくしかないな。

**
15Fにある会議室に向かうエレベータで、同期の佐々木弘と会った。佐々木は、今は営業部の部長をしている。

「よっ、月例か?」
「まぁな。最近どうなんだ?」
「今月は営業部の1局で大型受注があったから、うちの部からMVPを出せそうなんだ。新人の山村わかるだろう?あいつが当てたんだよ。今回はマネージャーの松村がかなり熱心にフォローしてくれたんだが、みんないい感じで育ってるよ。おまえのところはどうなんだ?」

マネージャーの松村の代は僕が教育トレーナーをした代だった。あいつも、昔は手がかかったけど今では僕と同じ役職だった

「うちは、今回販売管理部を新体制にして新しいシステムをいれたことで、古くからいた人と若いやつらとが人間関係でもめることがあってさ。要するに想定外の退職者をだしちゃったんだよ。まぁいい話がないって感じかな。とりあえず、叱られてくるわ」
「そうか、人事も売り上げを持たないとはいえ大変だな。ま、お互い頑張ろうな」

佐々木が10Fで降りた後、本当は僕が営業部の部長になれるはずだったのにと苦い思い出がよみがえる。

案の定月例会では、こってりしぼられ、改善施策を今日中に提出するということになった。

***

佐々木と僕は新卒の時に同じ営業部に配属された。大学時代インカレで優勝経験がある僕は、自分にできないことがないと思うくらいとがっていた。その証拠に、入社早々に最短で受注をして、それが今まで取引ができなかったクライアントだったので新人賞を受賞した。自分の能力にも自信があったし、仕事もとても楽しかった。初めての上司だった松本部長も僕の長所を引き延ばしてくれる人だったから、社会人になって仕事をすることがこんなに楽しいとは思っていなかった。2年目にはMVPを受賞して先輩を通り越して営業でトップになった。ただそんな状況で天狗になっていた僕は、つい調子に乗ってしまい、一部の先輩からはあまりよく思われてなかった。

「なんだよ・・結果を出しているんだから、何が悪い?文句があるなら、受注してくればいいだろう。とりあえず、仕事仕事。」

あまりその空気に動じない僕は、あまり先輩の目を気にしていなかった。その後も順調に受注をして営業成績は順調に伸びていった。

***

ある日、松本部長に声をかけられて会議室に向かった。
「最近お前、頑張ってるから、マネージャーに昇格させようと思っているんだが、兼務で新しいプロジェクトが発足するのでそのプロジェクトリーダーにどうだろう?と思っているんだがやってみるか?」

「はい、ありがとうございます!是非やらせてください!」

「そうか、よかった。じゃぁその方向で進めるが、部署は移動になるが、新しい上司は、木下シニアマネージャーになるから。しっかりそこでも力をつけてこい。このプロジェクトを成功させたら、部長になるのもそう先の未来じゃないぞ。がんばれよ」

「わかりました、ありがとうございます!」

内心、木下シニアマネージャーと聞いたとき、嫌な予感がした。誠が業績を上げていたと時に、調子に乗ってるとなんくせつけてきた先輩だったからだ。

まぁでもここでしっかり結果をだせば、なんとかなるだろう

そんな気持ちでこの日は有頂天になって、大学時代の親友を誘って呑みに行った。仕事が楽しくて仕方がなかった。

***

「鈴木さん、先ほどの改善計画なんですけど、こんなイメージで進めたいと思いますがいかがでしょうか?」

「(はっ!) あ・・・ありがとう。そこに置いておいて。すぐ目を通すから」
ふと我に返った。佐々木と会ってふと昔のことを思い出していた。あの時もうちょっとうまく立ち回っていたら・・・。
自分の幼さもあったが、木下シニアマネージャーと完全に対立してしまって、折り合いをつけられず、ひどい評価を受けてプロジェクトチームからはずされてしまった思い出がよみがえってきた。そこで僕の代わりにアサインされたのが佐々木だった。

「よし!やるぞ!みんな今日中に仕上げて、とりあえず呑みに行くぞ!」

部下たちは切り替えの早い誠に苦笑いをしながら、手をうごかしていた。部下たちはかわいかった。
彼らを育てながらも人事での仕事も気づけば15年になっていた。

***

改善計画書はなかなかの出来だった。組織体制で行き場を失ってしまう人たちが自分の意思で動けるような体制を作ろうということで、社内公募制度を導入しようということになった。社内の組織活性にもつながるし、これは斬新なアイディアだった。

「ふーん、「求める人物像」、「求めるスキル」に対して「強み」「弱み」を明確にするっていうのは本人が申告できるからいいね」

「はい、そうなんですよね。実際にこれをやると自分のスキルの棚卸にもなるしいいかなと思って」

「実際にこういう機会ってなかなかないから、けっこう好評になりそうな気がしたんですよね。」

今回の指摘は人事部としては起死回生クリーンヒットを狙いたいところ場面だから、みんなもしっかり考えてきたせいか、顔つきも自信がみなぎっていた。

「いったんこれで提出をして、進められるようにしよう。」

***
すっかり時間を忘れて終電になってしまった。九段下始発を待ってほろ酔い気分で、椅子にもぐりこむ。うっかり寝てしまうと、とんでもないところまで連れていかれてしまうので、寝てはいられない。

みんなで強みや弱みを話していた時、自分は関係ない気持ちで話を聞いていたが、ふと自分はどうなのだろうか?と思った。

「俺の強み、弱み、ウリってなんだろう?」

ここ最近今のポジションからもう上がれないだろうという空気を感じていて、前ほどアグレッシブではなくなっていた。時代の流れで、年功序列はもう古い。ここで上がれなければ若手の成長と共にポストオフされたり、昇格も難しいと感じていた。今回の改善施策で作られていた応募シートを思い出し、いざ自分だったらなんて書くだろうか?と考えてみた。しかい驚くほどあまり思い浮かばない。

昔は杜氏になって酒屋を継ぐなんて夢もあったが、今はそんな夢もない。

時代の流れとともに、昔がどうだった・・とかそういうわけでもなく、定年までと働こう思っているものの、その後って何ができるかなぁと漠然と考えてみた。

しかし今の酔っぱらってる誠の頭ではちょっと難しい問いだった。

なんとか無事に最寄り駅で降りて、終バスが終わった道のりを歩いた。
いい酔い覚ましだった。空を見上げたときに星がきれいに輝いていた。

明日は、やっと週末だ・・。
土曜と言えども、リリーが朝起こしに来るからのんびりとしてられない。散歩に連れて行って、真弓の買い物につきあって、夜は我が家の庭でお隣さんとBBQをすることになっていた。
週末はだいたい家族で過ごすことが多いが、それは誠にとっては、癒されるひとときだった。

不安もあるけど、まぁとりあえず、明日は明日で楽しもう。
人通りが少ない道をゆっくりと空を眺めながらほろ酔い気分で家路についた。

1

2 3 4 5